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憲法草案:天皇がGHQ案受け入れで幣原内閣を説得

憲法草案:天皇がGHQ案受け入れで幣原内閣を説得
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060305k0000m010096000c.html
 1946年2月の連合国軍総司令部(GHQ)の日本国憲法草案づくりで天皇に関する条項を担当したリチャード・プール氏(2月26日に86歳で死去)が、生前の1月26日と2月17日、米バージニア州の自宅で毎日新聞のインタビューに応じた。

 プール氏は「GHQの立場は、天皇を戦争犯罪で裁くのは誤りという点ではっきりしていた」と語った。日本政府がGHQ案を受け入れる際、昭和天皇が幣原内閣を説得する「重要な役割」を担ったとも強調した。

 プール氏は当時、26歳の海軍少尉。46年2月4日、民政局の「天皇・条約・授権規定小委員会」メンバーに起用され、象徴天皇制などの条項を起草した。草案は同13日に日本側に提示された。

 プール氏は、GHQ最高司令官のマッカーサー元帥には当初、憲法草案を作る意図はなかったが、日本側の案が不満足なものだったためGHQ案を作ったと説明。「天皇の権力が相当弱められたとしても、天皇の役割は占領に重要だった」と述べ、天皇制維持がGHQの確固とした方針だったと強調した。

 さらに、昭和天皇は日本政府案がGHQに採用されないと考えていたと指摘。当時、閣内でGHQ案受け入れをめぐり対立があったと述べたうえで、「天皇は草案が自らの権力を弱めることを知っていたが、受け入れるよう説得した」と語った。この経緯は、草案づくりの中心となったチャールズ・ケーディス氏(当時陸軍大佐で民政局次長、96年死去)から聞いたことを示唆した。

 日本側資料にはGHQ案について幣原内閣が受け入れを決め、天皇に拝謁(はいえつ)し了承を得たとの記述があるが、天皇の積極的な関与を裏付ける有力な証拠はない。プール氏の証言は、天皇制維持に向け、昭和天皇のイメージを対外的に好転させたかった当時のGHQの意図を反映したものとの見方がある。【松尾良、ワシントン及川正也】

毎日新聞 2006年3月5日 3時00分
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