[A級戦犯合祀]「靖国参拝をやめた昭和天皇の『心』」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060720ig90.htm
直截(ちょくせつ)的な表現に、驚いた人も多いのではないか。
昭和天皇が、「A級戦犯」の靖国神社合祀(ごうし)をめぐって、「だから私は
あれ以来参拝していない。それが私の心だ」と語っていた。宮内庁長官だった富田
朝彦氏の手帳の1988年4月28日付メモに記されてあった。
極東国際軍事裁判(東京裁判)で「A級戦犯」に問われた東条英機元首相ら14
人が、78年10月、「昭和殉難者」として靖国神社に合祀された。
昭和天皇は、戦後8回にわたり靖国神社を参拝されたが、75年11月の参拝が
最後となった。今の陛下も、即位後は参拝されていない。
一方、三木首相による75年の靖国神社参拝を契機に、公人としての参拝か私人
としてかが、政治問題化した。
昭和天皇が参拝されない理由は「A級戦犯合祀」なのか、「公人・私人」の政治
問題を避けるためなのか。二説があったが、憶測の域を出なかった。メモの発見に
より、一つの区切りがついた。
富田メモには「A級が合祀され その上 松岡、白取までもが」とある。松岡洋
右元外相と白鳥敏夫元駐イタリア大使を指したものだろう。2人は、日独伊三国同
盟の締結を推進し、そのことが日米開戦の大きな要因ともなった。
90年に公表された「昭和天皇独白録」の中で、昭和天皇は松岡元外相について
「『ヒトラー』に買収でもされたのではないか」と厳しく批判している。
昭和天皇は、一貫して戦争を回避することを望みながら、立憲君主としての立場
を踏まえて積極的な発言は控えたとされる。その立場から、戦争責任を問われるべ
き指導者の合祀に納得できなかったということだろうか。
別の資料だと、同じ「A級戦犯」でも、木戸幸一元内大臣については、「米国よ
り見れば犯罪人ならんも我国にとりては功労者なり」と語ってもいる。
富田メモは、「A級戦犯」分祀論議にも一石を投じることになろう。
だが、靖国神社は教義上「分祀」は不可能としている。政治が宗教法人である靖
国神社に分祀の圧力をかけることは、憲法の政教分離の原則に反する。麻生外相は
、靖国神社を国の施設にすることを提案しているが、これも靖国側の意向を前提と
しない限り不可能だ。
靖国神社には、宗教法人としての自由な宗教活動を認める。他方で、国立追悼施
設の建立、あるいは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充などの方法を考えていく。
「靖国問題」の解決には、そうした選択肢しかないのではないか。
(2006年7月21日1時53分 読売新聞)
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