http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2007/01/04/20070104ddm010040038000c.html
◇「開かれた新聞」委員会・座談会
毎日新聞は今年、創刊135周年を迎えます。利便性と矛盾を併せ持つインターネット社会を考える長期連載「ネット君臨」を新年から始めました。自由な発言を封じる言論テロ、過剰な匿名化の問題なども引き続き取り上げていきます。「開かれた新聞」委員会の座談会を開き、これらのテーマや新聞のあり方について、4人の委員に意見を聴きました。【司会は朝比奈豊主筆、写真は山本晋】=この座談会は06年12月22日に開催し、紙面は東京本社発行の最終版を基にしました。
◆言論テロ、過剰な匿名化
◇疑問に答える記事に−−吉永春子委員
◇放送命令で番組萎縮−−柳田邦男委員
朝比奈豊主筆 06年の報道を振り返り、新しい年に向けて重要だと思われる点を委員の先生たちに挙げてもらいました。多いのは加藤紘一衆院議員の実家への放火など言論に対するテロでした。少数意見を主張しにくくなる風潮への心配も指摘されています。
田島泰彦委員 加藤さんの事件のほかにも、03年に田中均外務審議官(当時)宅に(爆発物に模した)不審物が仕掛けられた。05年以降も富士ゼロックスの小林陽太郎会長(同)宅に火炎瓶が置かれ、ジャーナリストの溝口敦さんの長男が襲われた。こういう暴力で言論を封殺する風潮は民主主義の根幹にかかわる重大事態だ。これだけ続くと、どう対処し、防ぐかを社会が本気で議論すべき状況になってきたと感じる。
玉木明委員 近年は右翼とか左翼という思想的な枠組みより、反対の立場の意見を述べた人に対し、利害関係を持つ個人や団体がテロを仕掛ける傾向が顕著になったと感じる。社会の深層に「何を言っても自分たちの言い分が通らない」という無力感が漂い、それが容易に相手への攻撃に転化する。「言論には言論をもって」という民主主義の原則にわずらわしさを感じるような危険な状況だと受け止めた方がいいだろう。
吉永春子委員 テロには必ず背景があり、意図的に実行されるものだ。富士ゼロックスの小林さんと同じで、加藤さんの事件でも靖国問題がかかわっている。自民党内では、同僚議員のほぼ全員が加藤さんに対して冷ややかだったのを忘れてはならないと思う。面倒なことにかかわりたくないという空気が、日本中に蔓延(まんえん)している。そこにテロが多発するベースがあるのだ。
柳田邦男委員 歴史認識に関して我々は健忘症だ。右であれ左であれ戦争を体で覚えている人が減り、徐々に軍国主義にのみ込まれていった(戦前の)時代の恐ろしさを忘れてはならないという意識が希薄化した。以前は戦前の歴史と戦後の日本は違うととらえていたが、最近は、いや同じ道を歩む恐れがあるぞと考え始めた。
朝比奈主筆 歴史の教訓を忘れるなということですね。言論テロに関する報道で気づいた点はありますか。
吉永委員 加藤さんの事件の後に30代の若い男性が私を訪ねて来て、なぜ容疑者や背後関係をきちんと取材しないのかと、熱心に話した。関心を持つ人が多いのだと思った。1月から始まる公判では、疑問に答える記事にしてほしい。暴力団や右翼を監視している公安警察がどのような動きをしていたのかもぜひ知りたいところだ。「許すな! 言論テロ」というシリーズでは、襲われた側のさまざまな思いを代弁していて良かった。
田島委員 毎日新聞は社会面やメディア面でそれなりに扱い、一定の報道はしてきたと思う。ただ徹底した取材で事件の真相に迫り、ナショナリズムなどテロの背景に深く切り込むという点では不十分という気がする。小泉純一郎首相(当時)や安倍晋三官房長官(同)ら政治指導者が加藤さんの事件を公式に非難するのが遅かったが、他の新聞やテレビも含めてもっと厳しく追及すべきだった。田中審議官への事件に対する石原慎太郎都知事の発言のように、指導者がテロを容認したり、助長したりする雰囲気が社会にあるのは確か。メディアは毅然(きぜん)とした態度を貫き、こうした風潮と闘ってほしい。
斉藤善也社会部長 加藤さんの事件では、公判前整理手続き後の会見で弁護人が、被告の右翼団体幹部が経済団体幹部や自民党の国会議員2人も狙っていたことを明らかにした。その意図や背景を含め、じっくり報道していかなければならないと考えます。
丸山昌宏政治部長 厳しく政治家と対峙(たいじ)する姿勢を常に持ち、今まで以上に感度を研ぎ澄ましていかなければと思います。
柳田委員 個別の事件の背景を見極めるだけでなく、必ずそれを利用する勢力がいて、世の中が動いていくという視点を欠いてはいけない。そうでなければ、テロ事件が歴史的に果たした意味は見えてこない。
伊藤芳明編集局長 言論テロ事件はひとつひとつ報じています。ただ、脅された当事者が急に発言を控えてしまうようなケースは、なかなか表面化せず、怖いところがあります。
朝比奈主筆 言論テロ以外で重要だと考える問題は何ですか。
玉木委員 やはり、個人情報保護法の施行によって社会の基盤が崩れ始めたことだと思う。緊急連絡網への掲載拒否や給食費の支払い拒否といった学校の例を考えると分かりやすいが、社会の一員でありながらそれを拒否することが広がっている。名前は個人が社会につながる唯一の窓口だ。名前の登録を拒めば、公共性も社会規範も「関係ないよ」と言えてしまう。法律や公的機関がそういう無意識のニヒリズムの拡大に加担しているのは重大な問題だ。
メディアへの影響も大きい。社会の一員であることを拒否する人たちにとって、知る権利だとか報道の自由だとかはまったく意味を持たないからだ。
広田勝己地方部長 匿名のお話と関連しますが、責任ある立場の方が実名での取材に応じない、あるいは実名でのコメント掲載に難色を示すことが増えています。高校の履修科目の不足問題でも過剰と思える反応をする先生がいました。例えば未履修対策の補習授業をした先生のコメントを実名で掲載したのですが、否定的内容ではなく生徒を励ます言葉にもかかわらず、抗議を受けました。学校の先生だけでなく、公務員、企業の代表らには社会的な責任を踏まえた発言が求められています。支局の若い記者には実名報道の重要性を繰り返し強調し、取材先に理解してもらうよう指導しています。
柳田委員 メディアという点で見れば、拉致問題に関するNHKへの放送命令は、通常の番組制作も萎縮(いしゅく)させる威力を持っている。もし日本政府が対外的にアピールしたいなら、独自に直轄の国際放送局をつくり、NHKは政府が介入できない公共放送にすべきだ。NHKに政府の意向を代弁させるのは非常に危険だ。誰もそのあたりの明快な議論をしていない。漠然とNHKへの介入として論じている。
吉永委員 NHKに関しては柳田さんのおっしゃる通りだと思う。私が印象に残ったのは、兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線の脱線事故だ。国土交通省の事故調査委員会の報告書案をじっくり読むと、運転士らJR社員が置かれた厳しい立場がよく分かる。だがこれはJR西日本だけの問題ではなく、現代社会の縮図の一つだと言っていい。たとえ格差社会で上位の方にいる会社でも、利益を上げるため社員に過酷な競争を強いている。そういう部分が暴露されたという点で、事故は重要な意味を持つ。
田島委員 お上が人々の自由や人権、心の中にまで踏み込んで指図しない、あるいは最終的には多数決としても少数意見を尊重して議論するなど戦後の民主的な社会の了解が崩れ、息苦しくなってきた。お上は市民への監視を強め、例えば不審者を登録したコンピューターと監視カメラを組み合わせた顔認証システムの実験さえ06年5月に、東京・霞が関の地下鉄駅で実施された。東京都では日の丸、君が代の強制が教育現場で進み、愛国心を盛り込んだ改正教育基本法も先の国会で成立した。数百の犯罪につき謀議だけで人を処罰する共謀罪の導入も図られている。個人情報保護法や有事法制など表現・メディア規制はますます強められつつある。
そこで気になるのがメディアのスタンスだ。読者や市民の方というより、全体的に権力側にその軸足を近づけているように見える。地方より東京の記者や紙面にこの傾向が強いと感じる。ぜひ庶民の立場で権力を監視し、その横暴を糾(ただ)すという使命を果たしてほしい。また陸上自衛隊の撤収を機に取材ルールの問題も含め、イラク自衛隊報道の総括・検証を強く望みたい。
原敏郎経済部長 権力をチェックするのが我々の立場だというのはまさにその通りです。経済部では多くの官庁や大企業が取材対象になっていますが、いかに目線を読者に合わせながら報道するかが問われていると思います。批判的なことを書いたら次から情報を出さないと取材先から言われるケースがあるかもしれないが、記者には「我々はお役所や企業の広報担当じゃない」ということを徹底させています。
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◆基調報告
◇「憲法」さらに議論を−−森嶋幹夫・論説委員
憲法について毎日新聞は「論憲」の立場だ。01〜02年にかけて約50回、さまざまな視点で「考えよう憲法」という社説を掲載した。今は国民の意識が多様化し、護憲か改憲かという単純な区切りは難しくなっている。
06年の社説では、加藤紘一さんの実家の放火について、言論の弾圧は断じて許せないと主張した。自由な発言を封じるような風潮に敏感に反応しなければと思っている。NHKに対する放送命令では、そういう制度の撤廃を求めた。また議論が足りないと訴えているうちに改正教育基本法が成立したが、学校教育法の問題をはじめ、継続して施行に向けた論点を提示しようと考えている。
◇信頼に足る情報を−−磯野彰彦・編集局次長
05年3月から中部本社の編集制作総務の立場で、「上昇気流名古屋」というブログを始め、1年間続けた。今の「竹橋発」は読者サイト「まいまいクラブ」に掲載している。
「上昇気流名古屋」では、名古屋が元気だという話や経済の話を書いたが、ブログ読者の書き込みはマスコミ批判と新聞社に対する注文が多かった。より早く自分の意見を聞いてほしいという人たちへの返事が労力のかなりの部分を占めた。
インターネットの情報伝達速度は速いが、間違った情報も多い。毎日新聞にできることは玉石混交の情報を見極め、責任を持って信頼に足る情報を流すことだ。そういう時代に入っている。
◇読まれる工夫、常に−−高島信雄デジタルメディア局編集・編成担当部長代理
デジタルメディア局はインターネット上のニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」を運営し、携帯電話向けサイトやコンテンツ配信も手掛けている。ニュースサイトに掲載する記事は1日平均1000本。大半は新聞用に書かれた記事だが、ネット読者向けに独自取材したもの、外部ライターの記事もある。ニュースサイトが最も読まれるのは企業の昼休みと重なる正午〜午後1時で、1日のページビューの10〜15%を占める。
政治や経済など硬い内容の記事を読んでもらう工夫もしている。郵政民営化に反対した衆院議員の自民党復党問題では、「政党の支部長とは」に絞って独自記事を作り、多くのアクセスがあった。
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◇毎日新聞「開かれた新聞」委員会
毎日新聞の第三者機関「開かれた新聞」委員会は(1)人権侵害の苦情への対応をチェック=記事によって当事者から人権侵害の苦情や意見が社に寄せられた際、社の対応に対する見解を示し、読者に公表する(2)紙面への意見=報道に問題があると考えた場合、意見を表明する(3)メディアのあり方への提言=より良い報道を目指すための課題について提言する−−という三つの役割を担っています。記事による人権侵害の苦情や意見は各部門のほか、委員会事務局(ファクス03・3212・0825)でも受け付けます。
毎日新聞 2007年1月4日 東京朝刊
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